こんにちは石嶌之広です。

今回は、「時間」です。

今回は、わけのわからない長いお話しになります。

先日、教材会社の方がいらした時、「先生はよく働きますね、何時間働くのですか?」

8時45分頃に教室に入り、夜10時半頃に帰宅する日常です。

季節講習や勉強会はあるときは、もう少し早く来て遅く帰ります。

チラシ作成などをしているときは、翌朝になることもあります。

これは、教室を経営しているからというわけではなく、大学を卒業してから勤めに出ている時もずっとこんな感じです。

休みは時々。全日休みはあまりなく、通常は午前の半日休み「半丼」です。

こういうと驚かれますが、私の周りではこういう人が結構います。

中には、朝五時からスタートして、社員が出勤してくるときには、一仕事終えているという人もいます。そして休みはというと・・・いつも事務所にいます。どこからどこまで休みなのか。

そういえば、ホンダの創始者、本田宗一郎さんもそんな感じだったと、本で読んだことがあります。朝から作業をしていた本田さんは、いつまでたっても社員が誰も出勤しない、「みんな会社を辞めたのか」と奥さんに聞いたところ「今日は、日曜日ですよ」と言われた。

いつの頃から、「働く美学」よりも「働かない美学」の方が多く語られるようになってきました。

「日本人は、働きすぎだ」という誰かの言葉を引用し、先進国として、欧米にならった労働環境をつくろうという流れができてきたのは20年ほど前だったでしょうか。

働くことに関しては、働くことと同時に休むことが必ずといっていいほど語られ、休日の数、働く時間をいかに短くしていくのか、働く効率について問われます。

法律も、働かない合理性を求めた内容に改正されています。

かつて運送会社で1日でも休日を増やそう、1時間でも時間を減らそうと労働環境の改善に明けくれた日々を過ごした時、本気になって取組んだ背景には、「ひたすら働く仲間」がそこにいました。

だから、労働時間の総量削減と売上向上という相反する課題に挑戦できたといえます。

月に3回の休み、月に1回の休み、それでも毎日働く仲間。帰宅して3時間も寝たら、また会社に来ているような仲間です。

会社の社会的大事件により、メディア内で、識者が、明日に終わるがごとく語っていたときも、ひたすら働くことで、奇跡的回復をすることができた。

会社の成長をささえ、その家族の生活をささえたのは、東洋一の貨物量を日々取り扱う、常人であれば尻込みする課題に、ひるむことなく日々向き合うそういった「働く仲間」であったのはいうまでもありません。

働けない、生活をよくしたい、景気を回復させたい。働かない環境で働かない教育を受けた人々にこれが本当に解決できる課題なのか疑問です。

教育の世界では、今、ゆとり教育の崩壊といっています。「ゆとり」という言葉をつかい勉強しない正義を求めたからなのでしょうか。環境を形成する側の考え違いであったかのようにいわれることが多いのですが、真実は違うところにあるのではないのでしょうか。

1時間の勉強会で根を上げている生徒がいます、2時間連続はとんでもない話です。

しかしそういった生徒も勉強会や夏休みで2時間連続、3時間連続の勉強をすることで、時間に対する感覚が変わります。

時に、受験対策の3年生は朝から夜まで教室で勉強することもあります。

1時間で根を上げた生徒も、こうした経験以降、2時間くらいだと「あっという間」と言うようになるのです。

どちらの1時間も同じ60分であることに違いはありません。

理想の未来をつくる力を、勉強を通して培って欲しいと思います。

そして理想の未来をつくるために、何が必要なのか、真実を知って欲しいのです。

今回は以上です。

誤字脱字文法誤用お許しください。